大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)2622号 判決

原告

立木健

被告

フットワークエクスプレス株式会社(旧商号日本運送株式会社)

主文

一  被告は、原告に対し、五六〇六万三九六一円及びこれに対する昭和六三年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一億一四八四万四七〇七円及びこれに対する昭和六三年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

〈1〉 日時 昭和五九年六月五日午前一〇時四〇分ころ

〈2〉 場所 東京都杉並区浜田山二丁目二二番地先交差点(以下、「本件交差点」という。)

〈3〉 態様 訴外高橋廣光(以下、「訴外高橋」という。)運転の事業用普通貨物自動車(以下、「被告車」という。)が、本件交差点に進入(以下、被告車の進行道路を「乙路」という。)し、その右方道路(以下、「甲路」という。)から本件交差点に進入した原告運転の原動機付自転車(以下、「原告車」という。)と出会い頭に衝突した。

2  責任原因

被告は、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文の責任を負う。

3  損害

(一) 原告は、本件事故により、頭部外傷、頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を受け、昭和六三年六月一七日症状が固定し、自賠法施行令別表に定める後遺障害等級一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)の認定を受けた。

(二) 原告は右受傷により、以下の損害を被つた。

〈1〉 治療費 八七九万四三八二円

〈2〉 入院雑費 一四四万一〇〇〇円

〈3〉 将来の看護料 三二二三万四九七五円

5,000/日×365×17.663=32,234,975

〈4〉 将来の雑費 六四四万六九九五円

1,000/日×365×17.663=6,446,995

〈5〉 逸失利益 九六四三万二九一四円

5,459,600×100%×17.663=96,432,914

〈6〉 入通院慰藉料 四〇〇万〇〇〇〇円

〈7〉 後遺症慰謝料 二三〇〇万〇〇〇〇円

損害額合計 一億七二三五万〇二六六円

(三) 填補 二八七九万四三八二円

填補後の金額 一億四三五五万五八八四円

(四) 弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

(五) 請求金額

右合計額一億四八五五万五八八四円の内金(八〇パーセントに相当) 一億一四八四万四七〇七円

4  よつて、原告は、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条本文による損害賠償請求権に基づき、一億一四八四万四七〇七円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六三年六月一七日(原告の症状固定日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び弁済の抗弁

1  請求原因1、2の事実を認める。

2  同3(一)の事実を認める。

同3(二)は、〈1〉の治療費の額を認め、その余の損害は不知ないし争う。

3  同3(三)の事実を認める。

被告は、このほかに付添看護費等として九一八万八四五六円を支払つた。

4  同3(四)は争う。

三  抗弁(免責ないし過失相殺)

甲路(原告の進行方向)には、本件交差点手前に一時停止の標識があつた。訴外高橋は、乙路を時速二〇キロメートルで進行し、本件交差点に進入する際、交差点正面のミラーを確認したところ、右方の甲路には車両が写つていなかつたため、そのまま進入した。

他方、原告は、一時停止の標識があるにもかかわらず、一時停止をすることなく、ブレーキもかけないで高速のまま、本件交差点に進入し、被告車に衝突した。原告の運転は左方優先を無視したものである。また、原告は、当時、ヘルメツトを着用していなかつた。

したがつて、訴外高橋及び被告には過失がなかつた(原告の一方的過失に基づく事故であり、かつ、被告車両に構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。)か、あつたとしても、それは原告の過失に比して軽微なものである。

四  抗弁に対する反論

本件交差点は、交通整理が行われておらず、かつ、見通しの悪い交差点であるから、訴外高橋は、本件交差点に進入する際、徐行ないし一時停止をして右道路から進入する車両の有無を確認すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、歩行者に気をとられ、甲路(右方道路)の安全を確認しなかつたため原告車に気付かないまま進入した過失がある。

他方、原告は、本件交差点の手前において、道路標識に従つて一時停止をしたうえ、安全確認をして時速約五キロメートルで本件交差点に進入した。

また、原動機付自転車においてヘルメツトの着用が義務付けられたのは本件事故後であるから、過失相殺の事由とはならない。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  本件事故の態様及び被告の責任

請求原因1、2については当事者間に争いがないところ、被告は抗弁として免責を主張するので、まず、本件事故の態様並びに被告の責任の有無について検討する。

1  関係証拠(甲九の一ないし七、乙一、三の一ないし一二、高橋証言)によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件交差点における状況

〈1〉 訴外高橋が進行した乙路(東西方向)の幅員は五・一五メートル、原告が進行した甲路(ほぼ南北方向)の幅員は五・七メートルであり、両道路が交差する本件交差点は信号機による交通整理は行われておらず、原告が進行した甲路には、交差点手前に一時停止の標識が設置されていた。

そして、本件交差点の北東角、南東角、南西角にはそれぞれミラーが設置されていた。南西角にあるミラー(以下、「本件ミラー」という。)によると、甲路から乙路、乙路から甲路の各車両の有無が確認できる状況であつた。

〈2〉 本件交差点の北東角には高さ約二メートル余りの生け垣があつた。被告は乙路を東から西に進行して本件交差点に至つたものであるが、右生け垣のためその右側(北側)に位置する甲路を見通すことはできない状況にあつた。他方、原告は甲路を北から南に進行して本件交差点に至つたものであるが、やはり、右生け垣のため、左側(東側)に位置する乙路を見通すことはできない状況にあつた。

(二)  訴外高橋の運転状況

訴外高橋は、時速約三〇キロメートルで進行し、本件交差点の手前約二一・二二メートルの地点から、二七・四三メートル先の本件ミラーで甲路(原告の進行道路)を一瞥した後、減速し、本件交差点手前約五メートルの地点から右前方を対向して歩いてくる婦人を見ながら被告車を運転し、本件交差点に進入したところで、その右側(北側)に位置する甲路から進入してきた原告車に、自車右前部を衝突させた。

訴外高橋が原告車を発見したのと衝突とはほぼ同時であつた。

本件交差点に進入した際の被告車の速度は、訴外高橋の供述によれば、時速約二〇キロメートルであつた。

訴外高橋は、本件交差点の手前約一七・二七メートルから本件交差点に至る間は本件ミラーを見ていない。

被告車のスリツプ痕は、被告車が衝突地点から数メートル進行した付近を基点として付着しており、スリツプ痕の長さは一・五五メートルないし四・〇二メートルである。そして、被告車は衝突地点から約六・四三メートル進んだ地点で停止した。

(三)  原告の受傷状況

他方、原告は、本件交差点に原告車の車体が全て入つた地点あたりで被告車と衝突し、原告車はその右側を下にして被告車に巻き込まれるように倒れ、原告自身ははね飛ばされて本件交差点南西角(万年塀付近)に激突し、頭部を強打した。

2  前記1(一)で認定した本件交差点の状況に照すと、訴外高橋には、見通しの悪い本件交差点に進入するにあたつては、右方道路の車両の有無・動静に注意しつつ徐行して進行すべき注意義務があつた(道路交通法四二条一号参照)といえるところ、同人は、前記1(二)で認定したとおり、少なくとも時速二〇キロメートルの速度で進入したのであるから右徐行義務を怠つており、しかも、本件交差点に入る手前の約一七メートルの間は本件ミラーによる右方道路の確認すらしておらず、原告車の発見と衝突とがほぼ同時で、被告車のブレーキ痕が衝突地点から数メートル先に付着しているのであるから、右方道路の安全確認義務をも怠つたものというべきで、同人に過失がなかつたとはいえない。

したがつて、被告は、後記原告の損害を賠償すべき義務がある。

二  損害

1  治療費(乙二) 八七九万四三八二円

2  入院雑費 一四四万一〇〇〇円

入院期間は、本件事故日から症状固定日の昭和六三年六月一七日までの一四七四日であり(甲五)、一日あたり一〇〇〇円の入院雑費を要したと認められる(弁論の全趣旨)から、少なくとも原告の請求額を損害と認める。

3  将来の看護費 二五七八万七九八〇円

原告は、本件事故により、脳挫傷、頭蓋骨骨折、両側硬膜外血腫等の傷害を受け(甲二、三)、症状固定後は、将来にわたつて他者の常時介護が必要な状態にある(甲五、六、立木証言)。したがつて、今後、原告が請求する六七歳まで一日少なくとも四〇〇〇円の介護費用が必要と認められる。したがつて、その現価を、症状固定日から六七歳(四四年)までのライプニツツ方式(係数一七・六六三)によつて求めると右金額となる。

4,000×365×17.663=25,787,980

4  将来の雑費 六四四万六九九五円

原告は、膀胱直腸障害により(甲五)、将来にわたつて紙オムツ等衛生費を要することが認められるから、一日一〇〇〇円をその費用とするのが相当である。したがつて、右金額となる。

1,000×365×17.663=6,446,995

5 逸失利益 九六四三万二九一四円

原告は、本件事故以前健康な十九歳の大学生であつたこと、本件事故による前記障害により、神経系統の障害及び精神に著しい障害を残し、また、左手が多少使えるほかは身体の動作は不自由であり(立木証言)、常時介護を必要とする状態にあること、脳萎縮によつて今後も改善の見込みはないこと(甲六)、その結果、後遺症等級で一級三号に認定されたこと(争いのない事実)が認められる。してみると、原告は今後就労可能な六七歳までの四四年間(症状固定当時二三歳)を通じて、労働省賃金センサス昭和六三年第一巻第一表、産業計・企業規模計・男子労働者新大学卒全年齢の平均年収額五四五万九六〇〇円による収入を喪失したものと認めるのが相当である。したがつて、ライプニツツ方式(係数一七・六六三)により中間利息を控除して症状固定時における逸失利益の現価を算出すると、右金額となる。

5,459,600×100%×17.663=96,432,914

6 慰藉料 二三〇〇万〇〇〇〇円

原告の受傷の部位・程度、入院日数、後遺症の程度等諸般の事情を考慮すれば、傷害慰藉料として三〇〇万円、後遺症慰藉料として二〇〇〇万円、合計二三〇〇万円が相当である。

7 合計 一億六一九〇万三二七一円

三  過失相殺

本件においては、原告の走行状況、特に、原告車の速度、原告車の一時停止の有無が争点になつている。

1  訴外高橋は、「交差点に入つたとき、かなり速い速度で進行中の相手車両(原告車)を発見したが、ブレーキをかける間もなく衝突した。」と述べている。

また、同人は、「本件ミラーを見たときには車両は写つていなかつた。」とも述べており、同人が本件ミラーを見たのが本件交差点から約一七・二七メートル手前までであつたから、右供述が信用できるとすれば、原告は、その後にかなりの速度で本件交差点に進入した、従つて、一時停止をも怠つたということになる。

2(一)  そこで、まず、原告車の進入速度について検討する。

原告車と被告車の衝突状況については、前記のとおり、原告車は被告車の右前部に衝突し、原告自身は被告車の前部に衝突してはね飛ばされ、本件交差点南西角に激突したものであるが、「乙一号証の実況見分調書において衝突地点とされる地点から、被告の進行方向へ一・八メートル(五・四―三・六)程度移動した地点を基点とすると、原告がはね飛ばされた角度については被告車の進行方向に向けて約一九・三度左方向となり、この角度から原告車、被告車の速度比を算出すると、原告車の速度は被告車のそれの約六分の一となる。」という意見がある(甲一四、菅原証言)。

衝突地点をずらすことについては、実況見分において現場の擦過痕から〇・四メートルの地点を衝突地点としていることに鑑み俄かに信用し難いうえに、もとより、右意見での計算結果は概算であり、条件設定の違いにより異なる数値が出ることは当然ではある。しかしながら、実況見分調書上衝突したとされる地点から検討しても、原告は被告車の前方さほど左へははね飛ばされていないと認められる。ところで、被告車には前部ボデー中央部に凹損が認められ(甲九の六、実況見分調書)、これが原告をはね飛ばした際に生じた可能性があることからすると、原告と被告車の衝突部位が原告のはね飛ばされた方向・角度を決める要因とも考え難く(原告が被告車の前部角に衝突したのであれば原告が他の方向へ飛ばされた可能性も生ずるが、そのような事情にはない。)、原・被告車の速度差がその主な要因とみるのが相当といえ、右のとおり原告のはね飛ばされた角度がさほど左方向にない以上、原告車の速度が被告車のそれに比べてかなり低速であつたとみる可能性は否定できず、従つて、具体的数値はともかく、原告車が低速度であつたとする前記意見も結論的にはあながち不合理ともいえない。

なお、被告は、原告の進行方向には原告車のスリツプ痕がないから、原告が漫然と本件交差点に進入したと主張するけれども、スリツプ痕がないことからは、原告が低速度で進入した可能性をも導くものであつて、これ自体からはいずれとも決めることはできない。

以上検討したところによると、訴外高橋の原告車の速度に関する供述は右の客観的事実に反する可能性がある。また、右供述は衝突時の瞬間的出来事に関するもので性質上そもそも正確さに疑問の余地があり、この点からも信用性は低いといわねばならない。

(二)  次に、訴外高橋が本件ミラーを見たのは、ミラーから約二七メートル離れた地点から約三・九五メートル付近いた地点までの間であり、その間を時速三〇キロメートル(秒速八・三三三メートル)で進行したとすると、〇・四七四秒余りの時間となる。したがつて、同人は、かなりの限られた時間内に二〇メートル余り先から本件ミラーを見たことになり、その際車両はなかつたとの同人の供述もその確かさに疑問があり、前記客観証拠とも併せ考慮すると、直ちに信用することはできない。

(三)  よつて、訴外高橋の供述を根拠に、原告が高速で本件交差点に進入したと認めることはできず、従つて、原告車は本件交差点手前において一時停止をした上発進したか、あるいは、一時停止はしなかつたものの減速の上進入したのかのいずれかとなるところ、そのいずれかであるかを決める証拠は見出し難い(後記認定のとおり、原告は本件ミラーによつて、あるいは直接に被告車の確認をしてはいなかつたのであるが、一時停止をしなかつたとまでは断定し得ない。)のであつて、結局、原告が一時停止を怠つたと認めることはできない。

3(一)  ところで、原告の側からも本件ミラーによつて乙路の車両の有無は確認できたところ、原告車は右のとおり低速度で進入したといつても、被告の速度も三〇ないし二〇キロメートルであつたから、本件交差点直前において本件ミラーを確認していたならば被告車を発見していたといえる。そして、その場合には、すぐ近くまで進行していたはずの被告車の動静を無視して本件交差点に進入するということは通常は考えにくいところである。しかるに、原告車は本件交差点に車体がほぼ全て入つた地点で被告車に衝突しているのであるから、原告は本件ミラーによつて乙路の確認を十分にはしていなかつたものと推認できる。

(二)  更に、原告には、低速で本件交差点に進入したといつても(一時停止をした場合であつても)、なお、乙路の安全を確認すべき注意義務があつたというべきところ、原告車の車体のほぼ全てが本件交差点に入つた地点で被告車に衝突している事実からは、本件交差点に進入する際、原告は直接に乙路の車両の有無を確認するという措置も講じなかつたと言わざるを得ない。

(三)  以上によれば、原告は、自己の進行した甲路に一時停止表示がある本件交差点においては、左方道路である乙路の安全確認を十分に行うべき注意義務があつたのに、本件ミラーにより、また直接にその確認をすることを怠つたものといわねばならない。

4  また、原告は、本件事故当時ヘルメツトをかぶつていなかつたと認められる(甲九の七)が、原告の受傷内容は前記のとおり脳挫傷等であり、本件事故当時、原動機付自転車の運転者は、乗車用ヘルメツトをかぶつて運転するように努めなければならない(昭和六〇年法律第八七号による改正前の道路交通法七一条の三第二項)とされていたのであつて、原告がこれを順守し、ヘルメツトをかぶつていれば、本件傷害のような重症にまで至らなかつたであろうことは推認することができる。

5  以上、訴外高橋についての前記一2で認定した過失と、原告の右3、4の過失を勘案すると、原告の損害額の四五パーセントを減ずるのが相当である。

相殺後の金額 八九〇四万六七九九円

四  填補(甲八、乙八、九の一ないし一二〇) 三七九八万二八三八円

填補後の金額 五一〇六万三九六一円

五  弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

六  賠償額合計 五六〇六万三九六一円

七  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、五六〇六万三九六一円及びこれに対する昭和六三年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小西義博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例